【鎌倉】浄智寺

鎌倉の寺社

神奈川県鎌倉市山ノ内。北鎌倉の寺院です。かつては多くの伽藍、塔頭を擁していましたが、次第に衰退し、復興するも関東大震災でほとんどが倒壊していまいました。それでも現在は楼門、仏殿、方丈などがあり、竹林や谷間の風景が鎌倉特有の趣を感じさせてくれます。

浄智寺の所在地・交通

JR北鎌倉駅から鎌倉街道を鎌倉方面に歩いて10分弱。JR線踏切の手前という位置です。

浄智寺の御縁起

  • 弘安4年(1281)、鎌倉幕府五代執権北条時頼の三男、北条宗政が29歳で亡くなり、その夫人と北条時宗が建立しました。
  • 開基は宗政の子である北条師時とされていますが、当時8歳であり、実際には前述のとおり夫人と時宗によります。
  • 開山は中国の兀庵普寧(ごったんふねい)、仏源禅師大休正念(だいきゅうしょうねん)、日本の真応禅師南洲宏海(なんしゅうこうかい)。南州宏海が開山に招かれましたが大任過ぎると身を引いて師の大休正念を招きつつも、すでに亡くなっていた兀庵普寧を開山としました。これにより開山は三名の名を連ねることとなりました。
  • 延文元年(1356)、火災により初期の伽藍を失うものの、室町時代には山門、法堂、書院等多くの伽藍及び塔頭を擁するまでに拡大していきました。
  • 戦国時代以降、鎌倉自体が農漁村として衰退し、浄智寺を含む寺院も色あせていくこととなります。
  • 江戸時代後期には仏殿、方丈、鐘楼や塔頭などがありましたが、これも関東大震災にて失われてしまいました。
  • 現在は楼門、新たな仏殿である曇華殿、方丈、客殿などがあります。
  • 本尊は三世仏(阿弥陀如来、釈迦如来、弥勒如来)。

浄智寺の写真集

2019年12月8日 紅葉

2019年1月2日

2019年9月15日

かつては鎌倉五山第四位を誇りましたが、そのときと比べるといまは小さな境内です。しかし再建を重ねてもなお穏やかな鎌倉の森林と調和した伽藍に、浄智寺の静かな心を感じます。

鎌倉特有の地形、山間に建立された寺院の現代の姿をゆっくりと感じられる寺院です。

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