琴似神社 北海道開拓の屯田兵による創建

北海道
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北海道札幌市。琴似神社は琴似の地に入植した人々により創建されました。もともとは屯田兵の崇敬によるものでしたが、移築と増祀を重ね、伊勢神宮から天照大御神、豊受大御神を勧請するに至ります。

琴似神社の所在地・交通

地下鉄東西線琴似駅から徒歩5分。琴似駅は北海道神宮がある円山公園駅から3駅です。

琴似神社の歴史…北海道開拓の屯田兵が創建

  • 明治8年(1875)、開拓使最初の屯田兵として入植した240戸の有志が、臥牛城主伊達成実(だてしげざね・伊達政宗の重臣)を武早智雄神(たけはやちおのかみ)として祀り、武早神社を建立しました。
  • 明治30年(1897)、武早神社を移築し本殿、幣殿、拝殿(現祖霊殿)を造築して琴似神社と改称しました。
  • 明治44年(1911)、調和と福寿の守護神、国土開拓の神として大國主大神を増祀。
  • 大正4年(1915)、さらに現在の地に移築。
  • 昭和28年(1953)、現在の社殿を造営。
  • 琴似神社と改称したときから主神として伊勢神宮の神の勧請を願いましたが、開道100年の昭和43年(1968)、ようやく天照大御神、豊受大御神を迎えることができました。
  • 平成6年(1994)、琴似の屯田兵に縁ある旧会津藩祖(保科正之)、土津霊神(はにつれいじん)を増祀しています。

写真で見る琴似神社…屯田兵の想いをいまに伝える

  • 2015年8月25日 参拝

琴似の地と屯田兵

琴似とは、アイヌ語のコツ・ネイ(くぼんだところ)が語源だそうです。

北海道開拓にあたって屯田兵が入植した地がこの琴似です。始め、土地は管理され開墾地として一戸あたり5,000坪が支給されましたが、ほぼ自力で未開の地を拓いていかなければならず、その苦労は相当なものでした。

開拓が軌道に乗った折には明治天皇の行幸があり、屯田兵はその警備にもあたりました。

明治37年(1904)、屯田兵制度が廃止となり、土地が自由に売買されるようになると去る者と新たに入る者があり、自由な琴似村となりました。

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