銀閣寺 金閣寺と対を成し隠棲にふさわしいわびさびを追究した寺院

京都市左京区。銀閣寺は俗称で、正式には慈照寺と言います。室町幕府八代将軍足利義政の建立。絢爛な金閣寺と対を成しながら、心穏やかに歩くとむしろ銀閣寺のほうが深い趣を感じます。

銀閣寺の所在地・交通

所在地

交通

京都駅からバスで30分くらい。銀閣寺道下車。

銀閣寺の御由緒

  • 臨済宗相国寺派の禅寺。金閣寺と同じ宗派。
  • 文明14年(1482)、もともとは室町幕府八代将軍足利義政が隠栖(隠棲)生活のため、北山殿金閣にならい山荘として東山殿を造営。
  • 義政の死後(1490)、夢窓国師を開山とし開創。義政の法号である慈照院から慈照寺と命名した。
  • 室町幕府末期の天文19年(1550)、三好長慶と15代将軍義政との戦いが慈照寺周辺で展開され、銀閣(観音殿)、東求堂を残して焼失した。
  • また織田信長が二条城を築いた際に庭園の名石を引き抜くなど、慈照寺は荒廃の一途をたどった。
  • 江戸時代の初期、慶長20年(1615)、宮城丹波守豊盛により大改修が成された。現在の銀閣寺の姿はこの改修による。このとき、禅寺としての趣を取り入れられた。
  • 銀閣寺の名は、江戸時代に金閣寺に対して命名されたという。

銀閣寺(慈照寺)

銀閣(観音殿)。前の富士山型は向月台。
向月台の前に広がる銀沙灘(ぎんしゃだん)。
東求堂。義政の持仏堂。

Photo: Fujifilm Klasse S with Fujifilm C200

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