太宰府天満宮 学問の神さまである菅原道真を祀り、天神信仰発祥の地。

2016年11月18日 参拝

福岡県太宰府市。京都の北野天満宮とともに菅原道真を祀ります。道真は京の政争の結果左遷されこの太宰府で没し、怨霊となったとされていましたが、江戸時代に生前の博識が見直され学問の神さまとして崇められるようになりました。

太宰府天満宮の所在地・交通

所在地

交通

西鉄太宰府駅前から参道が続いているので、迷うことはありません。

太宰府駅は福岡空港からバスで40分ほど。ということは博多からもその程度です。福岡空港は街中にあってアクセスがいいですね。

太宰府天満宮の御由緒・御祭神

御由緒

  • 創建は延喜19年(919)。

御祭神

  • 御祭神は菅原道真公。現在では学問の神、誠心の神として崇敬を集める。
  • 道真公はもともと京の高官で宇多天皇の下で信任を受け、55歳の時には右大臣に、57歳で従二位を授かった。
  • しかし、左大臣藤原時平の讒言により太宰権帥(だざいのごんのそち・太宰府における執政官)に左遷された。
  • 政治的実権を失い謹慎の生活の末、太宰府の南館(榎社)にて延喜3年(903)、死去。
  • その遺骸を牛車に乗せて運んだところ、間もなくその牛が伏せて動かなくなった。これを道真公の御心としその地に葬り、延喜19年に社殿が建立された。
  • 醍醐天皇は生前の忠誠を追想し、延長元年(923)にもとの官職に戻した。
  • さらに一条天皇の正暦4年(993)、正一位左大臣、太政大臣を贈り、天満大自在天神(天神さま)と崇めた。

天神信仰

  • 道真公の死後、京は幾多の災厄に見舞われていた。さらに内裏の清涼殿に落雷があり、高官が多数被害に遭ったほか、特に道真公の監視を命じられていた藤原清貫がその直撃を受けた(清涼殿落雷事件)。
  • これが道真公の祟りとされ、雷の神(=天神)として恐れられた。この祟りを鎮めるために太宰府天満宮を建立したともいう(先に建立されたのは京都の北野天満宮)。
  • 死後、生前の恨みから災厄をもたらす者を鎮めることを御霊信仰といい、太宰府天満宮もこれに基づいたことになる。
  • 怨霊としての信仰が薄れるにつれ、天神さまは詩才などから学問の神さまと評されるようになった。

太宰府天満宮

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