輪王寺 日光山開山の原点にしてその歴史の中心地

2015年12月26日 参拝

栃木県日光市。輪王寺はもともと現在地とは異なる四本龍寺が原点で、これは二荒山神社本宮神社の前身でもあります。輪王寺は常に日光の歴史の中心にあり、二荒山神社、東照宮とともに世界遺産「日光の社寺」をつくります。

輪王寺の所在地・交通

所在地

輪王寺自体は日光東照宮の手前右に位置します。ただし、常行堂・法華堂と大猷院は二荒山神社の隣に、観音堂と開山堂は滝尾神社に向かう道の途中にあり、諸堂点在という様相です。

交通

日光東照宮 江戸幕府初代将軍徳川家康公を祀る華麗な社殿

東照宮と同様、東武日光駅からバスで行けます。

輪王寺の御由緒

御由緒

  • 日光東照宮、二荒山神社とともに「日光の社寺」として世界遺産に登録されている。
  • 開基は勝道上人。現在の二荒山神社本宮神社のところに四本龍寺を建立し、これを以て日光山開山となった。
  • その後、平安時代に訪れた天台宗の慈覚大師円仁が三仏堂と常行堂・法華堂を建立し、以来天台宗の寺院となっている。
  • この時代、嵯峨天皇から「満願寺」の寺号を受けている。
  • 常行堂・法華堂は並んで建てられ、天台宗総本山である比叡山延暦寺のそれと同じ様式。
  • 鎌倉時代には神仏習合により三山(男体山、女峰山、太郎山)、三仏(千手観音、阿弥陀如来、馬頭観音)、三社(新社(今の二荒山神社)、滝尾、本宮)を同一視するようになった。
  • その後規模を拡大し室町時代には隆盛を誇ったが、豊臣・北条の小田原攻めにおいて北条側についたため、寺領を没収され衰退する。
  • 江戸時代、天台宗の高僧天海が住職になると復興が進み、徳川家康没後の元和3年(1617)に東照宮が、徳川家光没後の承応2年(1653)にはその御廟である大猷院(たいゆういん)が建立された。
  • その2年後、明暦元年(1655)に後水尾上皇より「輪王寺」の寺号を受け、以来現在に至るまで輪王寺と称している。
  • さらに皇族が常時在住することとなり、門跡寺院となった。
  • 明治時代には神仏分離によって東照宮、二荒山神社、輪王寺と二社一寺に分かれた。
  • 中禅寺湖で有名な中禅寺は輪王寺の別院。
開山である勝道上人の像。

改修工事中…

残念ながら本堂である三仏堂は工事中でしたが、内部を観覧することができました。そこで掲示されていた天海の言葉。

一、仁過ぐれば弱くなる
二、義過ぐれば堅くなる
三、礼過ぐればへつらいとなる
四、智過ぐればうそをつく
五、信過ぐれば損をする

一般に大切とされていることも、度が過ぎればよくないということでしょうか。深く感心しました。

観音堂・開山堂

大猷院

  • 大猷院は徳川三代将軍家光の御廟。
  • 家光は祖父である家康を敬愛していて、死後も祖父の近くに仕えたいと遺言し、この大猷院が徳川四代将軍家綱によって建立された。
  • 家光は祖父の御廟所である東照宮をしのいではならぬと遺して控えめにしたとか(これが控えめ?)。

ここも工事中…

徳川家康を祀る東照宮があるのに、徳川家光の御廟は輪王寺管轄なんですね。東照宮の阿弥陀堂のこともあり、なかなか紆余曲折のあるお寺です。

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