【鎌倉】高徳院 その歴史には不明な点が多い鎌倉大仏のお寺

鎌倉の寺社
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神奈川県鎌倉市。高徳院というとよくわからないかもしれませんが、鎌倉大仏です。境内は仁王門と鎌倉大仏、観月堂、そして土産屋さんのみ。大仏さまのためのお寺です。

高徳院(鎌倉大仏)の所在地・交通

江ノ電長谷駅から徒歩10分ほど。道が狭く車の交通量は多く、歩道のガードレールがないところもあり、気をつけて。

高徳院・鎌倉大仏はどんなところ?

高徳院・鎌倉大仏の歴史…自然の脅威にさらされた苦難のお寺

  • 高徳院のもともとの開基、開山は不明。はじめは真言宗、のちに臨済宗、江戸時代の再興後は浄土宗。
  • 暦仁元年(1238)、浄光という僧の勧進によって大仏殿が建立されたと言われますが、この僧の詳細はわかっていません。
  • 大仏殿は建武2年(1335)、応安2年(1369)の二度倒壊しており、その後の再建、倒壊には諸説ありますが、いずれにせよいまの大仏は「露坐」、野ざらしです。大仏殿の存在自体は平成の発掘調査でも確認されています。
  • 中興の祖、祐天上人は江戸中期に「清浄泉寺高徳院」の建立を果たし、ここを光明寺の奥之院と定めました。これがいまの高徳院の始まり。祐天上人は増上寺の住職であり増上寺は浄土宗、そして光明寺は浄土宗の関東総本山であり、なるほど浄土宗寺院の奥之院とされるつながりが見えます。
  • 鎌倉大仏(像)については、明応7年(1498)の大地震でも倒壊したとされています。また、もともとはいまの長谷寺の付近にあり、津波によって押し流されてきたとも言われています。
  • 鎌倉大仏は阿弥陀如来。その地名から長谷の大仏とも呼ばれます。

写真で見る高徳院・鎌倉大仏…その露坐の偉容が自然との調和を感じさせる

境内入り口となる仁王門
人がいないのは朝の参拝だから。早起きは得です。
境内には桜の木がたくさん。
鎌倉大仏
これは大仏の中から頭部を見上げたもの。修復の跡が見えます。
昔ながらの雰囲気の売店。
観月堂
散策路の桜。

鎌倉大仏は、たしかに大きいけれど奈良の大仏ほどではありません。脇侍もおらず、お堂もなく、ただ一人坐するのみ。風雨にさらされながら、ときに陽光を浴びて静かに坐る姿こそが、いかなるときも静かに救いの手を差し伸べる仏、阿弥陀如来の神髄を表しているのかもしれません。

散策にはその脇の散策路がおすすめ。四季でさまざまな表情が見られます。みんな大仏に釘付けなので気楽に歩けます。

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