琴似神社 北海道開拓にあたって創建され、鎮護と発展を祈念する神社

2015年8月25日 参拝

北海道札幌市の琴似神社は琴似の地に入植した人々により創建されました。もともとは屯田兵の崇敬によるものでしたが、移築と増祀を重ね、伊勢神宮から天照大御神、豊受大御神を勧請するに至ります。

琴似神社の所在地・交通概略

所在地

交通

地下鉄東西線琴似駅から徒歩5分。北海道神宮がある円山公園駅から3駅です。

北海道神宮 北海道開拓時代から見守る総鎮守

琴似神社の御由緒

歴史

  • 明治8年(1875)、開拓使最初の屯田兵として入植した240戸の有志が、臥牛城主伊達成実(だてしげざね・伊達政宗の重臣)を武早智雄神(たけはやちおのかみ)として祀り、武早神社を建立した。
  • 明治30年(1897)、移築し本殿、幣殿、拝殿(現祖霊殿)を造築して琴似神社と改称した。
  • 大正4年(1915)、さらに現在の地に移築。
  • 昭和28年(1953)、現在の社殿が竣工。

御祭神

  • 御祭神は天照大御神、豊受大御神、大國主大神、武早智雄神、土津霊神(はにつれいしん)。
  • 明治8年、屯田兵有志により武早智雄神が祀られた(前述)。
  • 1回目の移築後の明治44年(1911)、調和と福寿の守護神、国土開拓の神として大國主大神を増祀。
  • 琴似神社と改称したときから主神として伊勢神宮の神の勧請を願ったが、開道100年の昭和43年(1968)、天照大御神、豊受大御神を増祀。
  • 平成6年(1994)、琴似の屯田兵に縁ある旧会津藩祖(保科正之)、土津霊神を増祀。

琴似の地と屯田兵

琴似とは、アイヌ語のコツ・ネイ(くぼんだところ)が語源だそうです。

北海道開拓にあたって屯田兵が入植した地がこの琴似です。始め、土地は管理され開墾地として一戸あたり5,000坪が支給されましたが、その後屯田兵に対する期限付きの補助が終わり、ほぼ自力で未開の地を拓いていく苦労は相当なものでした。ようやく開拓が軌道に乗った折には明治天皇の行幸があり、屯田兵はその警備にもあたりました。

明治37年(1904)、屯田兵制度が廃止となり、土地が自由に売買されるようになると去る者と新たに入る者があり、自由な琴似村となりました。

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