上川神社 離宮造営計画跡地に鎮座する上川鎮守

2018年11月23日 参拝

北海道旭川市。もともとは上川地方(道央、旭川など一円)の開拓守護・鎮守として現在の旭川駅付近に建立されました。その後数度の移転の末、現在の地、上川離宮造営予定地に遷座しました。

参拝の日は例年より遅い初雪の翌日。しかしすでに数十センチの積雪で、北海道の厳しさを目の当たりにしました。

所在地・交通

所在地

交通

旭川駅からバスで10分ほど、上川神社下車。またはJR富良野線「神楽岡」駅下車、徒歩30分ほど。

バスだと目の前に着きます。

御由緒・御祭神

  • 明治26年(1893)7月、上川地方開拓守護、旭川鎮守として旭川駅付近の高台に建立。当時の御祭神は天照大御神。
  • 明治31年(1898)、明治35年(1902)と移転を続け、御祭神に大己貴大神、少彦名大神を合祀した。
  • 大正13年(1924)6月、現在の神楽岡に遷座。以後たびたび皇族の参拝も受ける。
  • 上川の地は、北海道開拓が海岸部から進められたことに対し、内陸から開発を進めると方針を立てた開拓使判官の岩村通俊により開発が進められた。岩村はのちに北海道庁初代長官となる。
  • 明治22年(1889)、当時の宮内大臣により上川離宮造営の文書が提出される。しかし明治25年(1892)、大火からの復興が進んでいなかった札幌の人口の流出を嫌い離宮計画は反対され、その後の日清、日露の戦争もあって計画は進まなかった。
  • 大正4年(1915)、大正天皇御即位御大典の記念事業として社殿新築及び移転を検討し、離宮造営予定地が候補となった。御料地ということもあり交渉は困難が予想されたが、大正9年(1920)、神社敷地としての貸与の許可が得られた。

上川神社

手水舎
なぜ牛がいるかというと…
旭川天満宮。
社殿
神楽岡碑。上川離宮造営予定地だったことを示す。
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