静の舞 鶴岡八幡宮催事。義経を想う静御前の悲哀を語り継ぐ。

鎌倉散策
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2016年4月10日 催行

鶴岡八幡宮 三大八幡宮の一つ、源氏と鎌倉の象徴。
神奈川県は鎌倉の象徴である鶴岡八幡宮。日本史で見れば鎌倉時代は百数十年とほんのわずか。それでも今なお存在感を持つ鎌倉は、源氏の政治の中心であったこの鶴岡八幡宮があればこそだったのかもしれません。

静の舞は鶴岡八幡宮の舞殿で行われますが、これは静御前が源義経を慕った舞を、まさにこの舞殿の位置で舞ったと伝わることによります。

静御前

源義経は異母兄の頼朝とともに武勲を上げていったものの、断りなく朝廷から官位を得るなど勝手な振る舞いをしたとして頼朝の不興を買い、追われる身となった。同行していた静は追っ手から逃れるため奈良の吉野で義経と別れるが、供の者が裏切り朝廷に引き渡されてしまう。その後、鎌倉に着くと頼朝から世に名高い静の舞を見たいと求められた。

しかしそこで披露した舞は義経を慕ったもので、頼朝の怒りに触れることになる。だがそこに女の苦しみを見た妻の北条政子が諫め、静は助命された。

その後、孕んでいた義経の子を生むが、男児であったことから幕府にとっての禍根を絶つためとして海に捨てられ、傷心の静は京に戻るもその後消息を絶ってしまった。

なお、義経も奥州藤原家の裏切りにより平泉の地でその生涯を終えることとなり、ともに不幸な人生であった。

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